残存兵

更新日:2019年3月18日

3万人の残存兵

沖縄戦の主力攻防戦は、米軍の上陸地点である沖縄島中部から皇軍の司令部が在った首里城までの間であった。これを中部戦線と呼んでいる。沖縄守備軍約10万人の内6万4千人がこの中部戦線で死亡した。
首里城以南の南部地区に避難していた住民も進軍してきた米軍も首里城が陥ちれば沖縄戦は終わるものと思っていた.司令官の牛島中将も首里で討ち死にするつもりであった。しかし1945年5月22日司令部で会議がもたれ、本土決戦までの時間稼ぎのため司令部を摩文仁に移す事になった。
時間稼ぎの沖縄戦を続けるため南部に撤退した兵は3万人であった。

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