更新日:2019年3月18日
前田高地
前田高地
浦添市前田にある高台、浦添城祉、浦添ゆうどれ(琉球国王の墓)、沖縄学の父と呼ばれる伊波普猷の墓など歴史的地でもある。
1945年月4月1日米軍は読谷、嘉手納、北谷に上陸する。そして沖縄を南北に分断し、司令部のあった首里まで南下進軍しようとした。ところが沖縄島は丘陵が東西に伸び、日本軍にとっては進軍してくる米軍を迎え撃つ、絶好のポイントとなったのである。
そういった丘陵の一つであるここ前田も嘉数高地と共に日米の激戦地となった。
米国の戦史は前田の戦いを「ありったけの地獄を一つにまとめた戦場」と表現した。ここでの戦闘は4月26日から5月6日、11日間に及んでいる。
伊波普猷の墓
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嘉数高地から見た前田高地、東西に伸び屏風のように沖縄島を南北に分断している。