川崎市との交流の歩み
神奈川県川崎市との交流の歩み
大正時代に、沖縄から川崎の紡績工場に多くの人々が就職し、戦後にいたるまで多数の沖縄県人が川崎市民として生活していました。
そして1950年、川崎市在住の沖縄県人により「川崎沖縄芸能研究会」が発足。毎年様々な行事で沖縄伝統芸能が披露され、1954年に、神奈川県と川崎市より無形民俗文化財として「沖縄民俗芸能」が指定されました。
また1959年には、川崎市出身の詩人、佐藤惣之助の詩歌碑が、川崎市と那覇市の友好を深めるため、川崎市民の寄付により那覇市へ贈られました。(碑は、同じ川崎市出身の人間国宝、濱田庄司氏が、沖縄独特の赤瓦を織り込んだヒンプン(衝立)型を作成し、詩集の「宵夏」の一部が書かれた陶板をはめ込んだものとなっています。また、濱田庄司氏は、那覇市壷屋の陶工と深い親交を結び、壷屋焼を全国に知らしめる役割も果たされました。)
このような文化的交流を背景に、1995年、川崎市の文化協会、沖縄県人会、沖縄芸能研究会、町内会連合会など9団体の連名で「川崎市と那覇市の友好都市締結の要請書」が提出され、友好都市締結の気運が盛り上がり、同年12月、川崎市助役が那覇市を訪れ、友好都市協定の提案がなされました。
1996年3月には那覇市議会において全会一致で友好都市締結が議決され、1996年5月20日、川崎市長、川崎市議会議長、友好都市締結要請9団体代表をはじめとする川崎市代表団を那覇市に迎えて、平和と文化を機軸とした友好都市協定締結式が盛大に開催されました。
| 西暦 (元号) |
事項 |
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| 1996年 (平成8年) |
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| 1997年 (平成9年) |
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| 1998年 (平成10年) |
川崎市友好自治体スポーツ交流会(中学女子)に那覇市選抜チーム派遣 |
| 1999年 (平成11年) |
川崎市友好自治体スポーツ交流会(小学女子)に小禄南エンジェルス派遣 |
| 2000年 (平成12年) |
川崎市友好自治体スポーツ交流会(中学男子)にチャイルドSCジュニアを派遣 |
| 2001年 (平成13年) |
川崎市友好自治体スポーツ交流会(小学男子)に大名メッツを派遣 |
| 2002年 (平成14年) |
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| 2003年 (平成15年) |
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| 2004年 (平成16年) |
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| 2006年 (平成18年) |
3月17日~18日、「アジア交流音楽祭」「かわさきアジアンフェスタ」に参加。 |
| 2008年 (平成20年) |
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| 2009年 (平成21年) |
7月30日~8月2日、川崎市の児童20名が「川崎市ふれあいサマーキャンプ」で来覇。自然体験、工芸体験などをして交流。 |
| 2010年 (平成22年) |
7月29日~8月1日、川崎市の児童15名が「川崎市ふれあいサマーキャンプ」で来覇。自然体験、工芸体験などをして交流。 |
| 2016年 (平成28年) |
6月11日~12日 川崎市・那覇市友好都市提携20周年「第2回かりゆしフェスティバル」へ城間幹子市長、金城徹議長が参加。川崎市富士見公園において記念植樹(カンヒサクラ2本)を行う。 |
| 2019年 (平成31年) |
10月31日の首里城消失を受けて、川崎市において首里城再建に向けて募金箱を設置、川崎市ホームページにて寄付呼びかけの掲載。(11月~) |
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2020年 |
川崎市、川崎市議会及び川崎沖縄県人会の3者連名による首里城再建のための支援金が、川崎沖縄県人会代表比嘉孝会長より城間幹子市長へ贈呈される。(7月) |
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2022年 (令和4年) |
「佐藤惣之助詩碑」移設完了記念式典に、福田紀彦川崎市長並びに橋本勝市議会議長をはじめとする川崎市民友好訪問団が参加した。また川崎市長と議長は同日の市制施行101周年式典にも参加され、市民訪問団や川崎沖縄県人会らが主催した勉強会などで両市の交流を行った。(5月) |
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2024年 (令和6年) |
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