登校しぶり、嘔吐…「働く母」を拒否する娘を変えた魔法の言葉

更新日:2022年6月27日

「子育ては、たくさんの人に手伝ってもらって!」

弁護士として忙しい日々を過ごす野崎聖子さん。DVや離婚に絡むトラブルで悩み苦しむ女性たちをサポートし続ける彼女は、小学生と高校生になる娘2人の子育て真っ只中。特に長女は幼い頃に、「働く母」を拒否していた時期があり、「辛くて苦しくて、何度も仕事を辞めようと思いました」と振り返る。弁護士になり20年余、これまでの道のりや子育てを通して見えてきたこと、ジェンダー平等への思いなどを語ってもらった。(2022年3月取材)

うむやす法律会計事務所の野崎聖子弁護士=2022年3月、法律相談を担当する「なは女性センター」交流室にて

野崎聖子(弁護士/うむやす法律会計事務所)
(のざき・せいこ)宮古高校、琉球大学を卒業、2000年に司法試験に合格。弁護士登録後、東京の大手渉外事務所で企業法務中心の仕事をし、06年に沖縄に戻る。13年1月に「うむやす法律事務所」を設立し独立(17年に改名)。現在は企業法務・一般民事事件・家事事件など幅広く担当。なは女性センターでは法律相談を担当。21年11月より那覇市男女共同参画会議の会長を務める。

東京の大規模事務所からスタート

弁護士になったのは2002年です。東京にあった渉外事務所と呼ばれる大手の法律事務所に所属し、企業法務ばかり扱っていました。200~300人の弁護士が所属していた大きな事務所です。当時は、家事事件など個人に関わる法律業務は一切やっていませんでした。


その事務所に入ったのは、受験生時代のアルバイトがきっかけです。司法試験を目指すため、沖縄から上京して勉強していた頃、弁護士を手伝って調べものをするリサーチャーと呼ばれる仕事を経験したんです。資金調達や証券に関する案件などのリサーチが主流でした。それがすごく面白くて、企業法務を志したんです。

「女性だからって、押しつけないで」

沖縄に戻ったのは2006年、第1子の出産・育児がきっかけでした。思いがけず子育てが楽しくて楽しくて。でも、当時いた東京の事務所では子育てをしながらキャリアを形成していく将来像が描けなかったんです。何しろすごくハードワークで、朝9時に出勤、家に帰るのは深夜2時3時が当たり前、という事務所でしたから。


私も夫も沖縄の宮古島出身で、ちょうど夫も沖縄に転勤できるタイミングだったので「じゃあ、沖縄に帰ろう!」と決断し、家族で帰沖しました。


当初は沖縄県内の個人事務所にお世話になりました。そこは家事事件も含め多様な案件を扱っていましたが、私の好きな企業法務の案件も比較的多く手掛けていた、というのがお世話になった理由です。


でもね、今となっては恥ずかしいのですが、実は…その事務所に入ったころ、ボス弁に、「女性弁護士だからといって(離婚などの)家事事件ばかり押しつけないでくださいね」って言ったんですよ。生意気にも…(笑)。私も若かったんですね。


すると何とボス弁は、私の要望通りにしてくれたんですよ。私には全然事務所の家事事件を振らなかったんです。驚きましたし、その度量を尊敬しました。だから若い頃は今のように、離婚や養育費を巡るトラブル、DVといった家事事件は扱っていなかったんです。

離婚やDV…「悩みの最中」に向き合えるように

家事事件は相談者さんの人生の中で大きな問題ですし、深刻な悩みの最中にいる方の相談なので、若かりし頃は「重たいし、苦しいな」と思っていたんですね。そのため、少しずつ家事事件を担当するようになっても、最初は負担感が大きかったです。

それが6~7年ぐらい経った頃でしょうか。弁護士として経験を重ね、自身も子育てを含め人生のいろんな経験を積んでいく中で、家事事件に対する気負いがなくなったんです。少し成長したんでしょうね。大変さともバランスを取って付き合っていけるようになったんだと思います。

「何がしたいか」より、自分に何ができるのか

うむやす法律会計事務所にて。「うむやす」は故郷・宮古島の言葉で「安心」という意味

「弁護士を目指した理由は?」と問われることがあるのですが…特に強い動機があったわけではなかったんです。高校生ぐらいから職業選択の一つとして考え、東京に出て必死に勉強して弁護士になったものの、その過程で自分がいかに世間知らずだったかということを思い知らされました。「企業法務をやりたい」という気持ちが強くて、家事事件を避けていたのかもしれません。


でも、沖縄に帰って7年後の2013年に独立した頃には、個人的に離婚などの相談を受け、そのまま弁護士として受任するケースも増えてきました。私も次第に「自分が何をしたいか」よりも、「何が求められているか、自分に何ができるのか」という視点で活動するようになっていました。

「働く母」を娘が拒絶、両立に悩み続け

高3と小2(2022年4月現在)になる娘たちがいます。上の子が幼稚園から小学2年にあがる頃までは、仕事と子育ての両立に悩み、すごく苦しかったですね。彼女は3歳ぐらいから、私が仕事をするのがとにかく嫌でしょうがなかったみたい。「お仕事なんて辞めて!」という子どもの強い要求や言葉に、たくさん苦しんで悩みました。


例えば、幼稚園の送迎の時に、仕事用のジャケットやスーツを着ていると怒るんです。「お仕事しているみたいな恰好で来ないで!この服にして!」と言って、ワンピースを出してくるんです。当時、娘が通っていた幼稚園は専業主婦の方も多く、お友達の多くは昼に帰宅し、一緒に公園で遊んでいたんですね。自分だけ預かり保育に行かなきゃいけないのが、寂しかったのかもしれません。


ある日、娘が「お母さんは、何のためにお仕事しているの?」って聞くんですよ。そういう質問があることは私も想定していたので、前もって答えは準備していました。


「弁護士として、困っている人を助けるんだよ」


「困っている子どもたちを助けるために、弁護士をしているんだよ」ということを分かりやすい事例を挙げてく説明したつもりです。


すると娘は、こう答えました。


「ふーん。でも、それって、私のためじゃないよね」


ガーンと頭を殴られたようでした。グサっときましたね。


私自身も、子どもにちゃんと愛情を注げているのか不安もあって…。「何のために仕事しているんだろう。辞めた方がいいんじゃないか」と何度も落ち込み、常に葛藤を抱えていました。

行きしぶり、嘔吐…腹くくって娘を優先に

小学1年生になってからは学童が合わず、入学後まもなく「学童に行かないといけないなら、学校にも行かない」って言って不登校になりかけたんです。一緒に登校したものの子どもが私から離れようとせず、ストレスのあまり学校で嘔吐するようになったので、私も一緒に教室に入って授業を受けていた時期もあります。


「私だからダメなのかな。子育てを間違ったのかな」と思い、夫に行ってもらったことも。でもダメでした。その行きしぶりが始まったことで腹をくくりました。


仕事を調整しまくって、「学童には行かなくていいよ。お母さんが迎えにいくから」と言って、綱渡り状態ながらも娘のお迎えを優先にしたら、ようやく一人で学校に行けるようになったんです。彼女なりのストライキだったんでしょうね。


でも、授業参観でもやっぱり「お仕事の服で来ないで」って言うんですよ。仕事に対するネガティブキャンペーンは、2年生に上がるまで続きました。そんなことが続き、私も仕事と子育ての両立が辛くて苦しくて、何度も仕事を辞めようと思いました。

「かっこいいね」と言ってくれた周囲のおかげ

私の仕事に対して、娘の抵抗感がなくなったのは、周囲の方々のおかげです。知り合いや、お友だちのお母さん方が「お母さん、働いていて偉いね」「弁護士さんなんだ。かっこいいね」って褒めてくれたみたい。2年生に上がったころに初めて、「お母さん、仕事辞めないでいいよ。かっこいいから。弁護士でいいよ」と言ってくれたんですよ。


私は旧姓で仕事をしているので、普段使っている名字は娘の名字とは違うわけです。なので、読み聞かせで学校に行った時などには「私は聖子さんです」と自己紹介するんです。そしたら娘が、「うちのお母さんはね、名前が二つあるんだよ。野崎っていうんだよ」って誇らしげに友達に言ってくれたんです。あぁ、彼女なりに働く私を肯定してくれるようになったんだなと思いました。


苦しい時期を乗り越えられたのは、娘の周囲の方々が、母親が働くことを肯定的に捉えて、娘に言葉を掛けたり褒めてたりしてくれたおかげです。だから私も今、娘の友だちで、お母さんが働いている子には「お母さん、働いていてかっこいいね!」って何度も声を掛けています(笑)。

新型コロナウイルス流行以降は、庭にテントを出して遊ぶことが多くなったという

「子育ての大変さは、ずっと続くわけじゃないよ」

私が仕事を辞めなかったのは、たまたま私の仕事がすぐ辞められる仕事じゃなかったから、という理由だけです。弁護士業はいったん仕事を受けると、案件が落ち着くまでは手離せません。仕事への責任感はありますから。もちろん、子どもを寝かしつけた後、職場に戻って朝まで仕事をして、子どもが起きる時間に慌てて家に帰ることもありました。


でも、綱渡り状態で仕事を続けているうちに子どもには手が掛からなくなってきましたし、私もバランスの取り方を覚えました。そして、たくさんの方に子育てを手伝ってもらいました。


だからこそ今、両立に苦しむお母さんたちには「大変な時期はずっと続くわけじゃないよ。子どもは成長するからね」「楽になる時期がくるよ」と伝えたいです。


大変な時期は働き方を工夫したり、周りの方に協力を求めながらバランスをとって負担を減らすことは、母親にとっても子どもにとっても良いことだと思っています。

子どもとの時間、家庭菜園でリフレッシュ

休日に家庭菜園を楽しむ野崎さん。「手前の小松菜は青虫にあげました」と笑う=2022年4月

忙しい毎日ですが、子どもとの時間は大切にしています。新型コロナウイルスの感染拡大が始まってからは、なかなか遊びに行けないので、庭に大きめのビニールプールを置いて遊んだり、小さいテントの中でお昼ご飯を食べたりして楽しんでいます。でも、子どもたちはインドア派で、大好きなシルバニアファミリーの人形をずっと触っているので、それも庭に持ちだして遊んでいます。


家庭菜園も楽しんでいますよ。野菜作りや土いじりはストレス解消になるんでしょうね。草むしりだけでもスッキリします!去年はゴーヤーが上手く出来ました。いつも上手くいかないのがトマトですね。葉野菜に青虫がいると「可愛いな~」と思って、ついそのままにしちゃいます。そうすると全部食べられちゃうんですけどね。仕事が忙しくなると、あまり世話ができなくなるので、少し放置しても育ってくれるオクラはいいですね(笑)。「次は何を植えようかな~」って楽しみです。

※年齢などは2022年3月当時

(聞き手・佐藤ひろこ)

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