〜Sound Rainbow アジアの人々と、音楽という虹で繋がっていたい〜
中国や東南アジアの諸国と日本や朝鮮とを結び、モノや情報を運んだ人々がいた。 東南アジアに進出していたポルトガル人たちは、彼らのことを「レキオ」と呼んだ。
先人のウチナーンチュたちのことだ。
小国ながらも琉球の海運力は確かな技術と経験があったようだ。琉球の各地に点
在した勢力は、競って海外貿易を行った。いわば、いまでいうところの総合商社の ようなものだったのではないだろうか。中国だけではなく、ルソン(フィリピン)、
安南(ベトナム)、アユタヤ(タイ)、そしてマラッカ(マレーシア)などと活躍 の場が広がっていった。マラッカのすぐ向かい側にはインドネシアのスマトラ島が
横たわっている。
あのウチナーンチュがもっとも輝いていたレキオの時代から数世紀が経った20 04年12月26日、未曾有の大地震がスマトラ島沖で発生した。そして、大津波
がインド洋周辺へ到達した。私たちは、その大津波の様子をテレビ映像で目撃して しまった。大通りが逆巻く波でみるみるうちに洪水となるシーン、鉄道が波にさら
われたシーンなど、信じがたいほどの光景であった。大災害と戦争は同じだと思う。 親子が、夫婦が、きょうだいが、友人知人が、そして恋人たちが一瞬にして引き裂
かれてしまう。インド洋大津波の犠牲者は30万人を超えたと発表された。この数 字は那覇市の全人口に匹敵する。あの大津波は、そういう規模であった。
いま、世界の自然も社会も尋常ではない。国内では新潟の中越大地震や福岡沖玄 界地震、世界に目を転じてみると、ニューオーリンズなどを次々と襲ったハリケー
ン、パキスタン北部の大地震などの大災害。一方では、終わりの見えないイラク情 勢、それに加えてバリ島での爆弾事件など、テレビなどで目にする光景はどれもが
目を覆いたくなることばかりだ。
今回のコンサートに向けて、雑誌の『SWITCH』の11月号(※1)は特集を組んでいる。 その中のインタビューで、BEGINの比嘉栄昇さんは、
世の中あまりにもいろんなことがあり過ぎる。だから最初にスマトラへのチャリティーという企画をいただいたときに、いや、今年もなんかいろいろありそうだから大丈夫かなっていうのが最初に思ったことだったんです。ニューオ−リンズの被害も大きいし、他にも何が起こるか分からない。でもそんなこと言ってたら何も動けないからね。それが未来に繋がることであれば、喜んで参加しようと思った。
と答えている。 私たちは沖縄戦という悲劇を知っている、あるいはそのことを伝え聞いてきた。何もかも奪い去った戦争であったが、沖縄の人々はゼロから戦後をスタートさせた。かやぶき校舎、カマボコ校舎から戦後の教育は出発していまに至る。ところがスマトラやスリランカの子どもたちには、いまだに十分な教育態勢が整っていない。
今回のコンサートを通じて、大津波被災地域に教育施設を贈ろう、ということで多くのアーチストが出演を快諾していただいた。一人でも多くの方々が会場に足を運んでいただければ、その分だけ実現が可能になるということ。
併せて、今回のコンサートは環境についても、しっかりと考えるものにしたい。戦争は最大の環境破壊なのだが、最近では災害による環境破壊も相次いでいる。一つのコンサートだが、家族単位で、友人たちで、あるいは恋人たちで、コンサート会場周辺から環境問題を広げていければ、と思う。
レキオたちの旅は、タイのアユタヤやマレー半島マラッカまででは終わらなかった。向かいのスマトラ島のアチェにまで足を伸ばしていた。アチェといえば、バンダ・アチェのアチェのこと(※2)。もっとも被害が激しかった地域と沖縄は古くからの交流があったのである。11月26日は、奥武山でいにしえの繋がりを確認する日でもあってほしい。
※1 SWITCH Vol.23 No.11 (2005年11月号/スイッチ・パブリッシング)
「特集 いのちの音楽」P.36〜
※2 バンダ・アチェはもっとも津波被害の大きかった地域として知られています。