
「アジアの人々と共に生きる 〜 大津波地域に学校を建設して贈ろう」
60年前、沖縄と沖縄の人々は、尊い人命だけにとどまらず、ありとあらゆる財産を失い、ゼロからのスタートを余儀なくされました。その後の60 年は、27年間のアメリカによる占領、1972 年の本土復帰を経て今日まで、激動の時代を歩んできました。
一方で、第二次世界大戦はアジアにおいても多くの犠牲を強いるものでありました。沖縄と同様に悲惨な戦争を体験した東南アジア諸国が、昨年12月26日に発生したスマトラ沖地震に伴うインド洋大津波によって甚大な被害を受けました。犠牲者の数は、子どもたちを中心に30万人余とも言われています。
はるか昔、沖縄が独立国家であったころ、琉球の人々は東南アジアの諸国まで足を伸ばし交易を行っていました。
それらの縁のある地域の人々が、今、大変悲惨な状況にあります。
沖縄戦の終了から60年の節目の年にあたり、被災地の人々、特に未来ある子どもたちに再び教育の場を提供するため、チャリティーコンサートを実施します。

〜Sound Rainbow アジアの人々と、音楽という虹で繋がっていたい〜
「むかし、沖縄が琉球と称されていたころ、小粒ながらも確かな存在感があった。
中国や東南アジアの諸国と日本や朝鮮とを結び、モノや情報を運んだ人々がいた。 東南アジアに進出していたポルトガル人たちは、彼らのことを「レキオ」と呼んだ。
先人のウチナーンチュたちのことだ。」
[11月17日追加]

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