こいのぼり泳ぐ五月。若夏の空にふと母を懐かしむ。
若夏の5月。憲法記念日、みどりの日、こどもの日と続くゴールデンウィークがあり、新入生や新社会人もホッと一息つく時期です。
市の関連でも、那覇3大祭りの一つである、伝統の那覇ハーリーが5月3日から3日間の予定で行われ、勇壮な櫂さばきが那覇港新港ふ頭で繰り広げられます。また、5月20日には、市の誕生日とも言える「市制施行記念日」があり、今年は90周年を迎える節目の年として、盛大な記念式典を市民会館で開催する予定です。
そんな盛りだくさんのイベントがある五月の空に泳ぐこいのぼり、それは子どもたちの健やかな成長を願うシンボルであることは誰もが知るところです。そのこどもの日は、「国民の祝日に関する法律」で定められていますが、その趣旨は「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」とあります。意外な表現が文章中に入っていると思いませんか?。ある意味、子どもの日は、母の日とも言えるようです。また、5月の第2日曜日は母の日です。5月は、子どもたちを深い愛情で愛しむ母にあらためて感謝する月かもしれません。
私の亡き母は、マチグヮー(市場)で働く、パワーあふれる沖縄女性でした。父は政治家でしたが、家計を支えたのは、もっぱら栄町市場の一角のわずか1坪ほどの店でした。毎朝早くからカマボコ、漬物などを相対売りし、夜は夜で、政治家の妻として忙しくしている姿をよく覚えています。私も小学生のころから、店の売り上げを、1セント5セント…などと小銭別に分けたり、計算したりして手伝ったことを今でも懐かしく思い出されます。
私が今こうして市長となれたのも、母のおかげかもしれません。実は、市長選に出馬する際に最後に了解をもらったのは母でした。その決意を母に告げるとき、政治家の妻として、人には言えないような苦労をした母に反対されるのではと不安でした。しかし母は、間髪いれず「出なさい。その代わり、負けたら政治家はやめるんだよ」と。私は、そのひと言でハラが決まり、剣が峰に立つ覚悟で選挙に臨むことになり、結果、今があります。厳しくもあり、優しい母でしたが、今思い出すのは母の笑顔だけです。
母の思い出は人それぞれだと思いますが、必ずそこには優しい目と温かな微笑みがあるような気がします。一億の人々に母さんあれど、誰にとても、私の母さんに勝る母さんなし。
先月、ある雑誌のインタビューの中で母に触れる機会がありました。その受け答えの中で、亡き母への感謝の思いが募りました。深い母性愛への畏敬の念をいつも心に留め、市長職を全うしたいと若夏にあらためて誓いたいと思います。
平成23年5月2日
那覇市長 翁長 雄志
| 更新日:2011年5月2日 |